19世紀末のフランス作家マルセル・シュオッブ(Marcel Schwob)の「モネルの書」の翻訳とその周辺


by sbiaco

シュオッブへの手紙 - ジュール・ルナール

1894年6月29日

 愛する友よ、僕は『モネルの書』を細心な綿密さを以て読んだ。僕は自分が君の芸術を完全に理解するというのに極めて近いところまで行っているような気がする。で、恐らく面白い穿鑿的な一頁を書くこともできるだろうと思うのだ。この小さな本はいかにも君から《出た》ものらしく思われ、或る瞬間などは君の子供らしい変化し易い魂をピンセットの先につまみ上げているような気がしたくらいだ。若し君が僕より先に死んだら、僕は君の追悼演説をさせて貰うことを要求するだろう。僕はそれを堂々とやってのけることができそうに思う。
 とはいうものの、「モネルの言葉」は僕を少々まごつかせる。つまり僕には必ずしもわかるところばかりではないのだ。ぜんぜん意味のとれないところも二、三個処あり、そしてそれは腹が立つのだ。僕は癇癪を起した手で二、三度鉛筆のしるしをつけた。僕はこのいらだたしさの印象を訂正するように努めたいと思う。一度君と話し合ってみれば、それは一層容易になるだろう。僕は彼女の妹たちの間ではもっと楽な気持ちでいられる。彼女らはみんな小鳥の、花の、僕たちが愛していた少女の俤をもっている。彼女らに対する僕の讃美は、終りに近く、モネルが、自己を隠し、僕のピンセットから逃げ、僕の鉛筆の「青」を贏ち得ることをまた楽しみとし始めることに依って益々強められる。
 要するに君の本は実に線が細く、力を入れたところがなくて、僕の余りに粗雑なペンなどを揮ったところでそれを台なしにするだけだ。僕がもっと容易に君に云えることは、『モネルの書』は実に稀な特殊な喜びを僕に与えてくれたということ、そしてこの数日、僕の最もいい時間を僕から奪い取ったということだ。

(岸田国士訳『ルナール日記』第二巻より)
[PR]
by sbiaco | 2010-02-01 17:33 | 附録