19世紀末のフランス作家マルセル・シュオッブ(Marcel Schwob)の「モネルの書」の翻訳とその周辺


by sbiaco

モネル探求(第一章) - ジョージ・トレンブリ


第一章:『モネルの書』


 モネルとはだれだったのか? 彼女は本名をルイーズといった。ひとが彼女について知っているのは、ただマルセル・シュオッブが1891年ごろ彼女と出会ったこと、三年間の同棲のあと、1893年12月7日に彼女が二十五歳で死んだことだけである。ルイーズの父は娘を勘当していた。トマス・ディ・クィンシーのアンのように、また《十一月のある夜、ボナパルトがシェルブール・ホテルの自室に連れこんだ娘》のように、ルイーズもある日街角でふと出会う《小さい娼婦》の一人だった。体が弱く、すでに結核に冒され(それは後に致命的なものになるのだが)、知性も教養もない娘だったが、青年時代というものをもたなかったマルセル・シュオッブにとって、彼女が日々の暮しにもたらしてくれた若々しい息吹はかけがえのないものだった。悩める青年はたちまち彼女の単純さに魅せられ、自分では及びがたしと嘆じていた。彼は娘を《かわいいヴィーズ》と呼び、子供っぽい手紙をいくつも書き送った。彼はジュール・ルナールにこんな告白をしている、《僕の相手の女はまだほんの小娘なんだが、すいぶん馬鹿な娘でね、しかしそいつがじつに可愛らしいんだ》と。しかしじっさいのところ、彼女は美しいとはいいがたかった、そのことはシュオッブも認めていて、やはりルナールにこう語っている、《こいつはしかし、あの女の体に惹きつけられてるわけじゃないんだ。それじゃ、いったいなんだろう?》と。彼を惹きつけたのは、たどたどしくしゃべる彼女の子供のような心、素朴で率直で、打算や駈引を知らず、ひたすら現在にのみ生き、おもちゃや人形を愛し、目指すところへ真一文字に飛び込んでいく彼女の心であった。恋人を《遊びをする家》に連れて行き、そこで《刹那を耕す》すべを教える小さい娼婦、モネルとはそういう女である。

 彼女が死んだ当初、シュオッブの嘆きはとうてい慰められるようなものではなかった。《家から家へとさまよい、とシャンピオンが言っている、どこへ行っても涙にくれる彼の姿がみられた。……それから彼は『モネルの書』を書き、ルイーズについて語ることをふっつりとやめた》と。

 そんなわけで、『モネルの書』の霊感源になったのは、シュオッブの個人的な恋愛体験であった。これは彼にあっては例外的なことに属する。しかし体験から直接に材をとって書かれたこの作品においても、彼は内心をことごとく吐露しているわけではない。これが打明け話だとしても、ヴェールをかぶった打明け話なのだ。シュオッブはモネルを象徴にまで高める一方で、その実在性を除き去る。彼女は血肉をそなえた女であることをやめ、ひとつの《記号》になる、すなわち非物質化される。彼がもっとも自己をさらけだした本書のページにおいてすら、シュオッブはなおも姿を隠したままである。たしかに出発点においてはモネルはルイーズであり、語り手の《私》はマルセル・シュオッブであったかもしれない……が、この同定をどこまでも推し進めるわけにはいかないだろう。

 『モネルの書』は三つの部分に分れている、《モネルの言葉》と《モネルの妹たち》と《モネル》と。この三つに世人が何の連関も見出さなかったのもふしぎではない。じっさい、ぱっと見ただけではそこに共通なものはほとんどないのである。《モネルの言葉》はなにやら奇妙で逆説的な格言集の観を呈していて、読み書きはできなくとも、もって生れた叡智によって世界のあらゆる智恵をわがものとしている少女が預言者的な口調で語るといった体裁になっている。それがすむと、マルセル・シュオッブはただちに《モネルの妹たち》、すなわち十一篇のコントの章にすすむ、これらはどこか遠い国々に住む少女や若い婦人を主人公にした物語群で、彼女らを互いに結びつけるのは、めいめいがモネルの妹であるという一点のみである。三つめの章に至って、われわれはふたたびモネルその人を見出す、そしてこの章は最初のページへと読者を連れ戻すかにみえるが、しかしここでも物語の結びつきはきわめてゆるやかなので、われわれはここに出てくるモネルは第一章のモネルとは別人かといぶかってしまうほどだ。いずれにしても第一章の調子はあとの二つの章と比べて歴然と違っているので、これを本書の《序文》のたぐいと考えて、ここでシュオッブはモネルの口を借りながら自己の信仰告白を行っているのだとする見方が出てくるのはやむをえない。じっさい、レミ・ド・グールモンのような目利きの読者も《モネルの言葉》を序文の一種と見なしている。彼はこう述べている、《「モネル」の欠点はただひとつ、それは第一章が序文であることだ》、なぜなら序文というものは一般的にいって《芸術作品の線を乱す》ものだから、と。

 『モネルの書』は(『二重の心』や『黄金仮面の王』がそうであるように)序と跋とを備えた短篇集と見なすべきだろうか、モネル自身はたんに全体を結びつけるためのゆるい紐帯にすぎないのだろうか? こういった解釈を裏付ける理由が三つある。まず最初に、中間の章は前後の章との間に何の連関ももっていないこと、モネルは(タイトルを除けば)どこにも現れてこないこと。これらのコントに出てくるヒロインたち、ジャニーやマルジョレーヌやバルジェットがモネルの妹であるというだけで、はたして読者は納得するだろうか、なによりもまず集中の一篇(「バルジェット」)は先に出た短篇集『黄金仮面の王』にすでに収録されていて、もちろんそこではモネルとはいかなる関係もないのである。次に、『モネルの書』を構成する物語のいずれもが、書かれた順序のとおりに並んでいないこと。マルセル・シュオッブはいつものやり方にしたがって、これらの物語を集めて一巻に編むさいに徹底的に手を入れ、発表した順序などはお構いなしに、最初に書いたテクストを後のほうに据えた。最後に、《モネル》という名前そのものが(ある人々によれば、これのみが一巻の書に統一をもたらしているというのだが)、かなり後になってから出てきたもので、初出は1893年7月29日に「エコー・ド・パリ」紙に発表された同名のコントであること。ところで、そのふた月ほど前、同じ新聞に「ランプ売りの娘」と題されたもう一つ別のコントが出ている。これは初版では「モネルとの出会い」という題に変更されたところの、まさにそのコントなのだが、ふしぎなことに、この初稿にはモネルのモの字も出てこない。要するに、もとは別々に発表された物語に一貫した筋を通しながらその全体を編み直そうという考えをシュオッブが抱いたのは後になってからのことで、彼が作品をまとまったものとして構想したのは、それを構成する断片をほうぼうに書き散らした後のことのように思われるのである。

 さもあらばあれ、シュオッブが(作家ならば当然のことであるが)テクストに手を入れ、外面的なものにすぎない序列(執筆の前後関係における偶然)を無慙にかき乱したとしても、それはおそらく自らの考えるより真正な、意味のある序列におきかえようとしてのことであった。ばらばらの要素に還元されれば、『モネルの書』は、折にふれて書かれた断章を、後になって一巻の書にまとめあげる必要から、多少なりとも恣意的にかき集めてきてできた雑然たる集録と見るよりほかないが、しかしそういう見方は、統一ある作品を作り出さんとする意志を、たんなる手段の水準にまで格下げすることにひとしい。シュオッブがそういった意志をもっていたことを疑うものはいまい。ところでこの意志なるものにこそ注意を払うべきなので、さらにいえば、作家の意志こそが書物に固有の意味を与えるのである、というのも、この意志があって初めて『モネル』はとりとめのない雑文の堆積たることを免れるのであるから。芸術家が欲した秩序なるものは、その作品にとってどうでもいい要素ではけっしてなくて、むしろ構築そのものである。すべての詩篇が制作年代順に整然と並んだボードレールの本を考えてみるがいい。それは何であるか? ボードレール詩集ではあっても──『悪の華』では断じてない。そしてこういった《調整》を経た作品にはまったく違った意味合いが加わってくる、たとえその保持するものが一つだけだったとしても。『モネルの書』の場合もことは同じである。総体的に吟味してみるならば、冒頭の一行から末尾の一行まで同一の主題によって読者を導いてゆけるように素材を排列したシュオッブの意図は明瞭であろう。こういった全体的な見方からすると、《モネルの言葉》は《序文》であるどころか、モネルの探求における本質的な契機を画するものになる──モネルの奇妙な妹たちについても同様で、彼女らはモネルがその《王国》に達し、ついには《復活》をとげるために、どうしても通過しなければならなかった必然的な段階をそれぞれ表しているのである。
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by sbiaco | 2010-01-27 18:17 | 附録