19世紀末のフランス作家マルセル・シュオッブ(Marcel Schwob)の「モネルの書」の翻訳とその周辺


by sbiaco

モネル探求(第二章、前半) - ジョージ・トレンブリ

第二章:『モネルの言葉』


 《モネルは私が正道を失ってさまよっていた曠野で私を見つけ、私の手をとった》

 『モネルの書』はある旅の記録、ある霊的探求の寓話である。モネルはこの巡礼の旅において、ウェルギリウスでもあればベアトリーチェでもある案内役として、《影暗き森》に迷いこんだ恋人を森の外へ連れ出すのだ。《森》はここでは《曠野》になっているが、いずれにしてもその類似は一目瞭然である。この一節を読めば、だれでもすぐに『神曲』の冒頭を思い出すだろう。著者も半ばは無意識的記憶、半ばは意識的想起によってこのくだりを書いたのではないかと思われる。とはいうものの、この冒頭の類似を除けば、シュオッブの書物はダンテの作品とほとんど似たところはない。モネルの語る言葉はベアトリーチェのそれとは似ても似つかない、それどころか正反対だとさえいってもいいだろう。にもかかわらず、本質的なテーマは同じである、すなわち、正道を失った《さまよえる》詩人が、善意の人の差し延べる救いの手に導かれ、さまざまな試練を乗り越えたあとで目的の場所へ到達する、というテーマである。

 モネルという女の素性は全体を通じて謎のままである。そもそも彼女に素性などというものがあるのだろうか? きわめて疑わしい。《私よ、そして私じゃないの》と彼女は言う。先のほうにはこうある。
 
 私はただひとりの女だから、モネルという名前で呼んでくださってけっこうよ。でもほかのどんな名前でもありうることを忘れないでね。
 私はこの女であり、あの女であり、名もない女でもあるの。

 じっさい、一人でいる女に与える名前として、《一人》をあらわすギリシャ語の語根よりも相応しいものがあるだろうか。しかし《monos》という字には《唯一の》という意味もある。モネルは「ひとりぼっちの女」であるとともに「かけがえのない女」でもあるのだ。ここにモネルのどっちつかずの性格があらわれている。唯一者としての彼女はあらゆる名前をもつが、またいかなる名前ももたない。この雲をつかむような側面が、モネルの人物像にきわめて非物質的な性質をあたえている、マーテルリンクが正しく指摘したように、モネルは霊魂そのものだともいえるのである。

 モネルはだれであってもかまわない、と私は言った。しかしじつのところそうではない。彼女は社会的身分とまるきり無縁というわけではないのだ。それは娼婦という身分である。
 
 そしてモネルはなおも言った、あなたに小さい娼婦たちのことを話してあげるわ、そしたらあなたには始まりがわかるから、と……
 私は夜の闇から脱け出てきたの、と彼女は言った、そして夜の闇へ帰っていくのよ。だって私もまた小さい娼婦のひとりなのだから。

 どんな女でもいいというわけではなく、娼婦でなければならないのである。いったいどうしてこういう留保が出てきたのだろうか。

 もちろん売春そのものは1894年になって初めて出てきたテーマではない、十八世紀と十九世紀とを通じてこれを文学的紋切型のひとつにした作家たちの長々しいリストを持ち出すまでもなく、シュオッブはこの分野を刷新するようなことは何一つしていない、彼が先輩作家たちのあとをうけてこのテーマを一再ならず取りあげているにしても、である。あるひとは、シュオッブにとって売春はひとつの口実だったのだ、というだろう、彼はみずからの体験に汲んでいるだけのことで、その証拠にルイーズはそういうたぐいの女だったじゃないか、というわけである。実在の人物と精神の創作物とをごっちゃにする人々にはこれで十分説明がつくのかもしれないし、もしモネルがルイーズだとしたら、われわれとしてもこれを認めるにやぶさかではない。しかし残念ながら、ルイーズがモネルの源泉であり、いろんな点で似通ったところがあるとしても、そのことは『モネルの書』の読解においていささかも寄与するところはない。小さい娼婦ことモネルは、シュオッブの愛した実在の娘とはどこまでも別物なのである。

 というわけで、とりあえず文学の話に戻って、この永遠のテーマの文学的解釈について見てみよう。

 売春一般を扱った作家たちについてこのテーマを調べてみると、各作家を特徴づける細部の相違を超えて、そこにある種の類似があることに気がつくが、その根底になっているのは同一の公準に対する作家たちの暗黙の了解である。程度の差こそあれすべての作家がそれに対して無意識的な一致を示している、この《常数》とでもいうべきものをおおざっぱに列挙してみれば、
 
 1.──売春とは精神的双関者を欠いた肉体的行為を含意する社会的身分である。
 2.──この肉体的行為は堕落であり、罪過とみなされる。
 3.──この罪を洗い落とすにはある種の贖罪によるしかない。娼婦は娼婦であることを廃することによってのみ堕罪から免れる。
 4.──この贖罪の取りうる唯一の形式は、愛(人への愛にしろ神への愛にしろ)と呼ばれる自己放棄である。
 5.──人への愛の場合、それが全的であるためにはほぼ例外なく、その愛は金銭の授受をともなわぬ肉体的結合でなければならない。肉体の罪の贖いは、罪を犯した肉体を捧げることによってのみ可能となる。娼婦の罪は恋人をもつことによって贖われる。この一種の犠牲により、同じ肉体的行為がふしぎなことにいまや正反対のしるしを帯びるにいたり、その恩寵によって悪が善へと根底から転化するのである。

 ところでモネルだが、これらの制約のどれ一つとして彼女にはあてはまらない。その点、多くの作家が描いた正統的な娼婦の型からは外れているといっていいだろう、しいてモネルと近しい関係にある娼婦を探すとすれば、それはドストエフスキーの描いた娼婦たちくらいのものだ。シュオッブの先行者たちのうちではもっともよく堕落の娘たちに霊的価値を認めたボードレールにあってさえ、娼婦はやはり何よりもまず罪ある女なので、その堕罪を決するのは第一に肉体的行為なのである。二元論の見地からすれば、こういったこともやむをえない仕儀であろう、なにしろそこでは肉体と精神とが対立して永遠にいがみ合いながら、互いに相手を打ち負かさんと争っているのだから。

 ヒロインをイデア的存在に仕立て上げるために、マルセル・シュオッブはこういった二元論をすべて放棄する。モネルにはほとんど肉体性がなく、そのため売春といっても、この言葉をふつうの意味に解するかぎり、彼女にとって重要な意味をもたない。変幻自在の彼女にとって、売春というのは多少なりとも外在的要素である社会的様態をあらわすというより、むしろ内在的属性、モネルの本質をなす当のものをあらわしていると見なければならない。彼女は今も、昔も、これからも、この世に生のあるかぎり、ずっと娼婦でありつづけるのだ。

 この非肉体性ならびに必然性という二重の性格がモネルを際立たせている。彼女に関するかぎり、《淪落》や罪過や贖罪は問題にならない。彼女に贖罪すべき何かがあるだろうか? いや、それどころか、彼女のほうこそ他者の罪を贖うためにやってくるのだ。かつての、彼女の姉にあたるような娘たち、《人殺しのナポレオンが十八歳のとき》彼を慰めた娘や、《あの阿片飲みのトマス・ディ・クィンシーが大きなランプのともったオックスフォード街の広い通りで気を失いかけたとき、彼のそばに駆け寄って……甘い葡萄酒の入った瓶を彼の唇に押しあて、彼を抱きしめてやさしく撫でてあげた》娘や、《徒刑囚のドストエフスキー》のところへやってきて、《熱病で死にかかっているにもかかわらず、その大きな黒い目をふるわせながら長いこと彼を見つめていた》小さいネリーや、《罪の告白を聴き終えたあと》ラスコリニコフを掻き抱いた小さいソーニャや──その他大勢の娘たちと同じく、モネルは《善意の務めを果たす》ためにやってくるのである。《というのも、小さい娼婦たちが夜の人ごみから脱け出てきて善意の務めを果たすのはただの一度にかぎられているから》

 売春と憐憫との二つのテーマはシュオッブにおいては緊密に結びついている。本書に顕著な憐憫についていえば、それを体現しているのはボナパルトでもなければトマス・ディ・クィンシーでもなく、ドストエフスキーでもなければラスコリニコフでさえなく、ある晩彼らのところへやってきた小さい娼婦こそがその担い手なのだ。かくして淪落の女は一転して聖女、あるいは少なくとも慈善の修道女となり、絶望した男に励ましと慰めとをもたらすのである。

 ひとり娼婦のみがこういった務めをはたすことができる。何ひとつ所有しない──自分というものすら持たない娼婦にとって、自分を捨てることは他の人々よりもずっと容易であろう。すでに1891年に、『二重の心』の序文で、マルセル・シュオッブがエゴイズムから博愛へ、恐怖から憐憫へ、自我から他我へと導く道を、《自己のみの生の拡張から万人の生の拡張へ》と定義づけていることを思い出されたい。自己の生をもたず、まさしく万人の生を生きる女こそ、あらゆる人々のうちで、もっとも運命の祝福をうけた存在、《善意の務め》を果たすのにうってつけの存在ではあるまいか。売春はかくして自己犠牲のもっとも高度な形式となる。ボードレールは次のように書いたのも、まさにこうした意味合いにおいてである、すなわち、《売春のど天井は、卓越せる存在、神である、何となれば、神こそは各個人の至高の友であり、共同貯蔵庫であり、無尽蔵の愛の源泉であるから》と。ジュール・ルナールの『ねなしかづら』の注目すべき書評において、マルセル・シュオッブはこの自我から他我への拡張を、倒錯性の一形式として定義している。その理由は、と彼は言う、
 
 人間の道徳的出発点はエゴイズムである……道徳的倒錯性は……人間が自分以外にも似たものがいることを知って、彼らのために自己の一部を犠牲にするときに生れる。この倒錯性の痛々しい花は犠牲の悦びなのである。

 この定義はわれわれがモネルを理解するのに役立つ。しかしモネルの《倒錯性》は、アンやソーニャやネリーの場合と同じく、もっぱら弱い者、不幸な者、苦しんでいる者、失われた自己を求める者に対して行使される。《もし人々がひどく不幸でなかったら、彼女ら(娼婦)は彼らのことを理解しやしないでしょう。彼女らは人々といっしょになって泣き、慰めてくれる存在なのよ》 目の前にありながらそれと気づかぬ行為、すなわち救済の行為である。モネルが曠野へやってきた理由もこれで説明がつく。彼女は恋人が道に迷ってさまよっているのを見て、その失われた正道をもう一度見出す手助けをするために彼のところへ来たのだ。もう一度見出すべき正道とは、もちろん正しい認識 connaissance──クローデルならco-naissaceというところだが──の道、すなわち真実へと導く道のことである。《あなたがふたたび私を見つける前に、あなたにこの曠野で教えてあげるわ、そしてあなたはモネルの書を書くことになるのよ》

 その教えとはどんなものか?
 
 ──この松明をお取りなさい、と彼女は言った、そして燃やすのよ。地上にあるものも天上のものもぜんぶ燃やすの……
 そしてモネルはなおも言った、破壊について話してあげるわ、と。
 これがその言葉よ。破壊して、破壊して、破壊しなさい。あなた自身のうちに、あなたの周囲に破壊するのよ。あなたの心と他の人々の心のために場所をつくるの。

 ピエール・シャンピオンが本書をマルセル・シュオッブの《ニヒリズム提要》と呼んだとき、おそらく彼の念頭にあったのはこういったモネルの《言葉》であった。これらの言葉はたしかにまったき破壊の伝道、刹那の讃美、あらゆる超越の否定のようにみえる。

 マルセル・シュオッブはここで、救世主の口調で語りながら、自分のものとは正反対の教説を述べているのだ。ツァラトゥストラと同じく、彼は反キリストとなって人間を救済しよういうのである。1880年から1890年にかけて、ニーチェと彼の競合者たちがはやらせたニヒリズム思想がシュオッブに与えた影響に関する研究のうち、ここではとくにゴダルト氏のものに注目したい。ゴダルト氏は、このニヒリズム思想の運動がフランスで開花するのに与って力あった要因をあれこれ検討したあげく、このように言う、《遅かれ早かれマルセル・シュオッブを刺戟することになるのは一種の「スノビズム」であった》と。彼は、と氏は言う、《やや遅れてニヒリズムの影響を……こうむった》、そしてその哲学は《「モネルの言葉」に明確に表現されている》と。スノビズムの問題はしばらく措こう。ニヒリズムのシュオッブへの影響ということになると、たとえそれが疑いの余地のないものだとしても(なにしろまるまる一世代が影響を受けているのだから)、それだけで《モネルの言葉》のすべてを説明しつくすことはとうていできない。むしろその説明が有効なのは、モネルの言葉がコンテクスト抜きでそれ自体において考察される場合にかぎられるといってもいいだろう。われわれがここで採用している見方においては、ニヒリズムはこの「書物」の分節のひとつ──必然的ではあるが本書の形成する全体性と不可分な──分節のひとつにすぎない。

 じっさい、そのニヒリズム的教説を通じてモネルが提示するのは、まったき精神修養なのである。すなわち自己のうちに、自己の周囲に、体系的な破壊を及ぼすことにより、空なる場所を作り出し、無一物と無知と忘却とのうちに、生の失われた意味を再発見すること。自己を明け渡してそこに自己と他者とのための座をもうけること。《あなたの心と他の人々の心のために場所をつくるの》 否定的苦行、というのはつまり、その果てにすべての差異が排去され、精神が究極の同一性に到達し、ある一点──そこではもはや星間空間と分子間空間とが異なるものとしては認識されない──から万有を眺めわたすことができるようになるための、内的脱皮の努力なのである。この段階まで到達したとき、われわれの使う諸概念、類似と差異だとか、連続と不連続とかは、もはやひとつの同じ実在の両面にすぎなくなる。《無限に分割された時間の刹那の間にも無限はありうる》 世界は不連続である──が、この総体的無限から切り出された欠片(かけら)は、それ自体が無限なのである。

 《宇宙について原子論的な観照をもつこと》とモネルは言う。原子のひとつひとつに宇宙を見ること、一刻一刻を永遠と観ずること。こうしてマルセル・シュオッブは不連続のうちに統一を見出すことによって自己の矛盾を超えようとする。《そしてモネルはなおも言った、刹那について話してあげるわ、と》

 ここは一節すべてを引用しなければならない。
 
 一切を刹那の相のもとに眺めなさい。
 あなたの自我を刹那の好みのままに赴かせるの。
 刹那において考ること。どんな考えも長引けば矛盾になるから。
 刹那を愛すること。どんな愛も長引けば憎しみになるから。
 刹那に誠意をつくすこと。どんな誠意も長引けば偽りになるから。
 刹那に対して公正であること。どんな公正さも長引けば不正になるから。
 刹那に対して行うこと。どんな行為も長引けば亡びた統治になるから。
 刹那とともに幸福であること。どんな幸福も長引けば不幸になるから。
 あらゆる刹那に敬意を払うこと、そして事物の間に関係を設けないこと。
 刹那を遅らせてはいけません、それは禍根を残すことになるから。
 見て、刹那はすべて揺籃で、また棺桶なの。あらゆる生と死があなたに珍しく新しいものに見えればそれでいいのよ。

 レーモン・シュワーブはモネルの哲学のうちに、すでに《それ自体ひとつの生の規則》になっているところの《純粋な印象主義》を見る。
 
 この宇宙の力、われわれを取り囲み支配するこの神秘、これに従うことを少女モネルは詩人に命ずるのだ、あたかも自然の法則に従うように……移り変わる刻一刻はすべて違っていて、気まぐれで、不可解なものだが、この連続がわれわれに世界の秘密を暴き出してくれるのである。対象が何であれ、それに固着するのは愚かなわざである、逃げ去る水の一滴を手につかまえていようなどと望むのは愚かなわざである。

 生を絶えざる変化として、意識するそばから過去になってゆく<現在>の不断の破壊として受け入れることで、無関心の、忘却の、無知の幸福が生れる。絶え間なく、惜しみなく《過去の行為》を焼き滅ぼし、自己のうちに、自己の周囲に晴れやかな荒廃を押し広げてゆきながら、シュオッブはついに反ソクラテス主義へ達するのだ、すなわち《汝自身を知るべからず……汝自身を忘るべし》と。

 この反ソクラテス主義なるものについても一考が必要である。じっさい、モネルが《汝自身を知るべからず……汝自身を忘るべし》と明言したとしても、それはいっそう事象に即した認識、すなわち自己滅却、万有の忘却のはてに見出される認識へ到達するためなのである。新しい精神を獲得するためには、いままでもっていた精神の記憶までも脱ぎ捨てなければならないのだ。《蛇が古い皮を脱ぐように、精神は古い形式を投げ捨てる》とモネルはさらに言う。モネルがわれわれに招きよせるのは精神の死、それがなければ復活もありえないところの精神の死なのである。一粒の麦もし死なずば……

 もうひとつ忘れてはならないのは、モネルが事物の間に関係を設けてはいけないと言うとき、それらの事物、それらの《刹那》はそれぞれが還元不可能な<全体>であり、無限であるということだ。逃げ去る水(ふたたびレーモン・シュワーブのイメージを借りて言えば)とは水の一滴一滴にほかならず、そのうちには河を含み、あるいは河以上のものを含んでいる、というのも、一滴一滴の水は同一でありながら、しかも無限に異なっているのだから。

 最後に、シュワーブのいわゆる《無関心の幸福》なるものの意味についても思い違いをしないことが大切である。無関心という言葉は、われわれの言語においてはあまりいい意味で使われておらず、ほとんど無気力とか興味索然とかと同義である。こういう意味に解するならば、これほどマルセル・シュオッブに似つかわしくない言葉もない。モネルも、その恋人も、さらには読者も、この意味で無関心なわけではない。モネルの教えるところは、すべては等価なのだからどれを取ろうが変りはない、ということではおそらくなくて、すべては等価であり同等に望ましいものであるがゆえに、すべてを愛さねばならぬということであろう。無関心、そうかもしれない、しかしそれは活性化された無関心なのである。ビュリダンの驢馬の無関心といってもいいだろう、一杯の水と一杯の燕麦とに等しく惹かれながら、どちらとも決めかねて空腹を抱えている驢馬という意味で。

 モネルはまさにこういった教説を授けるためにやってきたのだが、彼女自身もまた刹那の存在であり、いずれは烏有に帰す運命にあることも知っておかなければならない。これもまた精神修養の一環なのである。なぜなら、確たる所有などというものはすべて嘘偽りであり、モネルはけっしてだれのものにもならない女であるからだ。彼女は姿を消さなければならない。彼女の愛も──その憐憫も──不在の相のもとでしか明らかにされないのだ。
 
 そしてモネルはなおも言った。
 愛しい人、私、あなたが不憫で、不憫でならないわ。
 それでも私は夜の闇へ帰っていくの。なぜならあなたが私をふたたび見つける前に、私を見失うことが必要だからよ。

 すべてを忘れたあとで、彼女をも忘れなければならない、彼女をふたたび見出すためにはそうするしかないのだ。彼女をつかまえ、自分のものにして、いつまでも手元においておくことは、彼女を失うもっとも確実な方法なのである。彼女を手中にしえたと思うそのときにこそ、彼女はもっとも遠いところにいる。《というのも、あらゆるものは移ろいゆくけれども、モネルはなかでもいちばん移ろいやすいの》《私を忘れて、そしたら私はあなたのものになるわ》

 《命を助からんと願う者は命を失わん》と福音書にあるが、言葉そのものといい、その声の調子といい、まさに同じことをいっているのではないか。

 そんなわけで、モネルの探求はまさしく自己の探求であり、その努力の果てに、忘却のうちに《よみがえった》モネルが奪還されるのである。さしあたって、恋人のために彼女にできることはこれだけである。彼女は曠野で男に言葉を託した、いまや男が自力で問題を解決すべきときである。あと彼女に残されたのはただ立ち去ることのみ。

 しかしその前に、みずからの教説を完足的なものにするために、彼女は恋人を自分の妹たちのところへ案内する、彼女らはモネルの化身であり、《また知性なき娼婦たちの同類でもある》。彼はモネルの妹たちすべてを見るだろう。その一人一人が闇の中からあらわれては、いっときの生を生きるのを目の当りにするだろう。彼女らはめいめい順番がくると舞台にあらわれ、ちょっとした役柄をこなして、また夜の闇の中へ消えて行くのだ、自己探求の危険がどんなものか、身をもって示しながら。彼は、人が自己イメージに執するあまり、いかにして道を踏み外すか、また目を一点に据えてしつこく意志を貫くあまり、いかにして目的を超えてその彼方へ突っ走ってしまうかをその目で見るだろう。
 
 いずれあなたを私の妹たちのところへ連れてってあげるわ。妹たちは私そのものであり、また知性なき娼婦たちの同類でもあるの。
 あなたは彼女らがエゴイズムや、官能や、残虐さや、高慢さや、忍耐や、憐憫などにさいなまれながら、なおも自分を見出せないでいる姿を見ることでしょう。

 事物の全体性を把握して、その固有の多様性のうちに自己完成を遂げるすべを知らなかったため、自己を見出すことができないでいるモネルの妹たちというのは、つまるところ、私の言う《旅》において、精神が自己を求めつつ乗り越えなければならない障害物をあらわしている。

 こうしてみると、《モネルの言葉》に見られるマルセル・シュオッブのニヒリズムは、せいぜいがかりそめのニヒリズムであり、それは不動の恒久すなわち死の淵に沈みこまないために超克されるべきものとしてある。刹那の理論に忠実ならんとすれば、ニヒリズムもまた一つの刹那として忘れ去る必要がある、ちょうどモネルを、その言葉までも忘れ去る必要があるように。というのも、言葉は保存されることなく飛び去るにまかせるのがいいのだから。
 
 そしてモネルはなおも言った、私の言葉について話してあげるわ、と。
 言葉が言葉であるのは、ただ話されているあいだだけ。
 保存された言葉は死んでいて、疫病を撒き散らすわ。
 私の話す言葉にだけ耳を傾けて、私の書かれた言葉のとおりにしちゃだめよ。

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by sbiaco | 2010-01-26 20:53 | 附録